古/いにしえの面影       其の一阡壱百弐拾七

怪しい親爺輪っぱの会 別館 一人歩き編です。

(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)

撮影日  2012年12月某日 某曜日
アップ日  2015年06月29日 月曜日
京都府舞鶴市(市内雪景色Ⅰ)
ワッカン~
資料として気になる街角
撮っておきや!(by UFO先生)
 
西舞鶴(にしまいづる)は、現在の舞鶴市の西半分。
1936年8月1日に舞鶴町が四所村、高野村、池内村、余内村、中筋村を編入,
翌翌1938年8月1日に市制を施行し、
1943年5月27日に東舞鶴市と合併するまでの舞鶴市に相当し、旧舞鶴市とも呼ばれる。
愛宕山を望む田辺城(舞鶴城)の城下町である旧舞鶴市区域に、
由良川川筋の加佐地区を合わせた舞鶴市の西半分を指す場合もある。
東舞鶴とは異なり、江戸時代は田辺藩の城下町として舞鶴港や伊佐津川を中心に発展し、
また近代は商業都市として発展した。
かつては加佐郡の中心地であり、郡役所が置かれていた。旧田辺城の近辺には由緒ある社寺が多く残る。
現在では、裁判所など国や京都府の出先機関が数多く立地しており、
2005年(平成17年)4月に舞鶴東警察署と舞鶴西警察署が統合した舞鶴警察署、
舞鶴海洋気象台および第八管区海上保安本部がある。
また、倉谷工業団地には資生堂やキリンビバレッジなどの企業も操業中であり、
現在は喜多工業団地への企業誘致に積極的に取り組んでいる。
なお五老岳にある五老スカイタワーからは西舞鶴の街並みを展望することができる。

(Wikipediaより)

(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)

湊町リバープレイス横目に

※高速バスに乗って~

舞鶴西IC到着~
雪景色

※JR西舞鶴駅前に
丹波藝屋台が展示されています。

太鼓櫓
駅舎

※北近畿タンゴ鉄道車庫
前にも

国道も歩道は薄積雪



西舞鶴は東西に
伊佐津川と高野川とに挟まれてます。
此処は市内中心部を流れる河川(大手川?)
雪積もれば路肩が見えない…

※自転車一台と歩行者2~3人

市内散策~

※私は冬の日本海側には初めて来ました。
積雪は少ないですが~寒い!

駅前広場に高速バスは着きました。

※駅前から大手通辺り

サンモールマナイ

※路地にも入りたいんですが~

アーケード内は営業中~

※自転車は冬眠の季節??

舞鶴百選
真名井の名水

※川本式ポンプも~

伊佐津川の伏流水が公文名や七日市地区で湧き出しているものといわれています。
江戸時代には「御水道(おすいどう)」と称されて、
田辺城内に引き込まれ、田辺藩の生活用水として利用されていました。
湧水池周辺には今でものどかな田園風景が残されており、
地元自治会により毎年定期的に「御水道掃除」といわれる清掃保全活動が行われています。
また、JR西舞鶴駅前にある新世界商店街、マナイ商店街においては
水汲み場が設けられ地元住民の生活に溶け込んでいます。
(舞鶴市HPより)


※商店街内の千本格子

アーケードから見た
東側の愛宕山方向~

※舞鶴の市章とは違う
舞鶴らしいデザイン

西側向いたら~
田辺城跡(舞鶴公園)が見えます。
後で行きましょう~

※市内中央部を流れる大手川

前に
網干人さんに教えていただき
岡山でも
見ましたね。
石階段

※水辺の風景は
季節を問わず好きですねん。

マイ橋の様に~

※国道27号

明倫小学校横目に~

※うのもり神社さん

行幸記念碑移建記念碑

※教練天覧之御跡碑

昭和8年北陸大演習御統監の天皇陛下は、
舞鶴重砲兵大隊教練を天覧された
際に、招聘は感激し同隊営庭の中央に設置したが、
大東亜戦争の終結により昭和26年戦後復興視察の御巡幸の折、この地に移設し
昭和28年に当地に移設の碑を建てた。

※鳥居と本殿

手水舎

※大きな頭の狛犬

平成3年
新しいんですね。

※厳重な賽銭箱
榊は青々と~

蝮除け
厄除け
御砂授与

※ちゃんとラッピングされてました。
冬には蝮は、冬眠ですね。。

本殿社
社殿内狛犬は陶器製

※手水鉢も~

石燈篭
火口は木製

※雪が木に付いています。

うの森神社
此処は城内だったんですね。

※明倫小学校校門は城門~
立派過ぎ!ですね。

京街道に接するは
化粧地蔵様
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やはり、持ってるものはUPして
資料的に残さねば…
気を抜いたらあきません~
何時のが出てくるか判りまへんで!
袖すり合うも他生の縁~
いつまで知った景色があるのやら。。

頑張ってボチボチ更新中…^^;
古の人の息吹を感じながら~
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