古/いにしえの面影       其の一阡壱百壱拾四

怪しい親爺輪っぱの会 別館 一人歩き編です。

(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)

撮影日  2012年某月某日 某曜日
アップ日  2015年06月09日 火曜日
岐阜県高山市総和町(飛騨国分寺)
ワッカン~
資料として気になる街角
撮っておきや!(by UFO先生)

飛騨国分寺
741年(天平13年)、聖武天皇により国分寺建立の詔が発せられ、
757年(天平勝宝9年)頃、行基によって建立されたという。
819年(弘仁10年)、火災で焼失。
855年(斉衡2年)ころ、再建される。
室町時代に本堂が再建されるが、詳しい時期は不明である。
七重塔(現三重塔)に再建記録とほぼ同じと推測すると、応永年間に焼失後再建され、1585年(天正13年)、
金森長近が姉小路頼綱の松倉城を攻めたさいの兵火で焼失する。この後、再建と考えられる。
1615年(元和元年)に三重塔が再建されるが、1791年(寛政3年)に暴風雨で倒壊。
1820年(文政3年)再建されたのが現在の塔である。
1695年(元禄8年)、飛騨国が天領となり、高山城が取り壊され、
一部は飛騨国分寺に移築され、鐘楼門などに利用される。
(Wikipediaより)
 
(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)

越中街道
大新町辺り

※見返って~

勝久寺さん

お洒落な本二階建て家屋

※新旧入り交じって~

コレ又お洒落な~

※先へ~

ウメモドキ
実の朱が目に染みます。

※変わった意匠~

万人橋

※秋葉社

万人橋

※此処も越中街道~
先は勝久寺さん

子安地蔵尊
この地方では地蔵尊が珍しい~

※向こうに飛騨総社の森


宮川沿いを~

※木製風の不動橋
(歩行者専用橋)

宮前橋から
櫻八幡神社さん

※宮前橋から弥生橋を望む

水との関わり



弥生橋袂の 宮川と江名子川合流地点
二重の橋が~

※弥生3月が名付の種~

左岸の川から路地が一直線

※右岸も
そう見えるんでしょうね。

高山龍神台庫

※宮川沿いの
秋葉神社さん

日曜日には朝市が立つんでしょうね。
二十歳頃に訪れましたわ~
鬼灯買いました。。

※此処にも
秋葉社

鍛冶橋で
宮川渡って~

※上流側~

旧鍛冶橋親柱

※秋葉社
48は無いですか??

洋館の意匠が~

※国分寺通りだそうで~

母屋と土蔵の位置が
よくわかりますね。

※秋葉社
後ろのレンガ建物も気に成りますが~

飛騨國國分寺碑

※三重塔が~
1 2

國分寺の大銀杏
奈良時代、聖武天皇の詔によって飛騨国分寺が建てられた際、このイチョウの木が植えられた。
2013年現在、飛騨国分寺の建物は全て火災によって後に建て替えられたものであるが、
この大イチョウのみは国分寺の建設された時から残っているため、樹齢は2013年現在推定1250年と思われる。
(Wikipediaより)


※いつ迄も残って欲しいですね。

つくつくと
見ておれば散る
さくらかな
以前、三重の塔と大銀杏の間に、一本の桜の老木が有り、
植物分類学者の牧野富太郎が
「樹種はエドヒガンであり、もしかして、この桜は大銀杏よりも樹令が古いかも知れない」と
言わしめたほどの桜樹。
井上士朗のこの句碑は、その桜の木の傍らに建てられていたが、
二・三十年前の台風で折れて枯死した後、碑は現在地に移された。
(近代文学館企画展HP~より)

※此処にも秋葉神社
火の用心!




飛騨総社は、岐阜県高山市にある神社である。 旧社格は県社。飛騨国の総社である。
延喜式神名帳所載八座と国史記載社十座を祀る。
毎年5月4日、5日には例祭では、千人行列のほか、二人一組による親子獅子舞が行われる。
(Wikipediaより)




手水舎

※祓所
読めません…

雪吊りも綺麗に
社務所



皇紀2600年燈籠

高山駅までの道すがら~
飛騨生コン歴史資料館に展示されていた
コンクリートミキサー車
綺麗で可愛かった。

※昨年の台風で
宮川の洪水が報道され胸が痛みます。
やはり、持ってるものはUPして
資料的に残さねば…
気を抜いたらあきません~
何時のが出てくるか判りまへんで!
袖すり合うも他生の縁~
いつまで知った景色があるのやら。。

頑張ってボチボチ更新中…^^;
古の人の息吹を感じながら~
ページトップへ戻る

Copyright c 2003 Office Young Moon. All Rights Reserved.