古/いにしえの面影       其の一阡壱百五拾九

怪しい親爺輪っぱの会 別館 一人歩き編です。

(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)

撮影日  2014年08月02日 土曜日
アップ日  2015年12月01日 火曜日
奈良県奈良市なら町(上街道)
ワッカン~
資料として気になる街角
撮っておきや!(by UFO先生)
 
ならまち(奈良町)は、奈良県奈良市の中心市街地南部に位置する、
歴史的町並みが残る地域の通称(「奈良町」という行政地名はない)。
狭い街路に、江戸時代以降の町屋が数多く建ち並ぶ。ほぼ全域が元興寺の旧境内にあたる。
周辺を含む49.3ヘクタールが奈良市により奈良町都市景観形成地区[1]に指定されている。
都市としての発展は、奈良の都・平城京の外京として多くの社寺が置かれたことに始まる
(発掘調査では平城京以前の古墳も発見されている)。
長岡京遷都後も、東大寺や春日大社、興福寺のお膝元として都市機能を維持した。
中世以降、元興寺旧境内に様々な産業(筆、墨、蚊帳、晒、布団、刀、酒、醤油など)が発展し、
江戸期には有力商工業都市として町が形成された。
奈良奉行による17世紀末の調査では、人口3万5,000人を数えている。
第二次世界大戦の大規模空襲を免れ、街路と建築が残った。
奈良市は比較的小さな都市のため空襲予定リストの下位にあり、都市空襲が実施される前に終戦を迎えた。
戦後は奈良市旧市街地として栄えた。
現在は、町屋の原型を保ちつつ現代風に改装された飲食店や雑貨店、
公共文化施設、社寺が町内各地に点在することから、奈良の新たな観光スポットとして注目を集め、
細かく入り組んだ路地を歩きながら歴史的風情を楽しむ観光客で賑わっている。
一方で、伝統的な町屋がハウスメーカー製の近代的な住宅に建て替えられるなどの事例も散見され、
景観形成上の課題となっている。
また、極端な高齢化は止まらず、貸家アパートが少なく、町としての活力をどう維持するか模索が続いている。

(Wikipediaより)


(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)

率川の地蔵群

※下流側も好きです。

奈良教育委員会
発掘中~
何か出ましたかね?

※猫系の狛犬が中に…

飲み屋街~

※私は、こちらが好きです!
何円堂の屋根が~

今御門商店街

※道祖神
朱塗りですね。
街道の名残ですかね。

開け放つと優しい風が入ります~

※しとしと雨が~

鰯の頭も~

※袖壁、虫籠窓~

お茶つぼ茶壷~♪
老舗の佇まい



此処は前にも
お気に入り!

※派手な~!
住吉神社さん

あれれ~前にも
お隣が更地に。。。



住吉さんの本殿舎
地祇と鰹木

※風情は最高~

学校帰り道

※静かに時は流れます~

今看板



二階部分が背が高い

※こちらはねぇ~

EXP70大阪万博で使用されていた
ネパール館の窓飾り

※へぇ~

突き当てですかね。

※格子戸も好きです!

有名な辻

※白人さん達は傘指さないの?

養血湯
総本家 きくをか

※突き当たりは蚊帳屋さん

前もお邪魔しました。

※ご近所は改築中でした。
空き地も多い中、町並み保存に気を使われ~
頭が下がります。

室町時代の宝徳3年(1451年)、土一揆のあおりで元興寺は炎上し、
五重塔などはかろうじて残ったが、金堂など主要堂宇や智光曼荼羅の原本は焼けてしまった。
この頃を境に、寺は智光曼荼羅を祀る「極楽院」、五重塔を中心とする「元興寺観音堂」、
それに「小塔院」の3つの寺院に分裂した。
(Wikipediaより)


※多くの人々の息吹が聞こえそう~

時代もさまざま

※奈良町物語館

奈良のマンホール

※此処も薬屋さん

純良薬品
かすかに読めます。

※京終向いて道は伸びます。

角家の意匠が大好き!
3つの窓から薬を売ったの?

※コジンマリとした~

赤膚焼暖簾
大塩さん~
お元気でしょうか?

※千本格子~
アルミサッシの玄関は愛嬌ですかね~
街が生きてる証!

黒漆喰の虫籠窓

※史跡元興寺塔跡
今度見ます…汗

見返して~

※白壁も良いですね!

日常の中に井戸が顔出して。。
現役ですかね?

※残して欲しいですがね!

やはり、持ってるものはUPして
資料的に残さねば…
気を抜いたらあきません~
何時のが出てくるか判りまへんで!
袖すり合うも他生の縁~
いつまで知った景色があるのやら。。

頑張ってボチボチ更新中…^^;
古の人の息吹を感じながら~
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