古/いにしえの面影       其の一阡壱百六拾壱

怪しい親爺輪っぱの会 別館 一人歩き編です。

(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)

撮影日  2014年08月02日 土曜日
アップ日  2015年12月02日 水曜日
奈良県奈良市なら町(率川神社辺り)
ワッカン~
資料として気になる街角
撮っておきや!(by UFO先生)
 
率川神社(いさがわじんじゃ)は奈良県奈良市本子守町にある神社。
大神神社の境外摂社で、正式名称を率川坐大神御子神社といい、また子守明神とも呼ばれる。
『延喜式神名帳』に「率川坐大神神御子神社 三座」と記載される式内小社。
推古天皇元年(593年)2月3日、大三輪君白堤が勅命により奉斎したとされ、奈良市最古の神社という。
仁寿2年(852年)、文徳天皇の代に従五位下を授けられ、神封6戸(左京4戸、丹後国2戸)を与えられている。
治承4年(1180年)12月、平重衡の乱によって社殿が消失。
中世以降は春日若宮神官により管理され、興福寺とのつながりが大きかった。
そのため、中世期の遷宮記録などは、『大乗院寺社雑事記』に度々記録されている。
近世には春日大社の大宮外院11社の中にあったが、
1877年(明治10年)3月、内務省達により大神神社摂社率川坐大神御子神社と定められた。
本殿中央に御子神(媛蹈?五十鈴姫命)が祀られ、
父母神(西に御父神・狭井大神、東に御母神・玉櫛姫命)が
両脇によりそうような姿で鎮座していることより、古くから「子守明神」とたたえられ、
安産、育児等の神として篤い信仰がよせられている。
南辺を流れる率川は、よって子守川との俗称もある。
6月17日に行われる例祭で、一般にはゆり祭りの俗称で知られている。
三輪山に咲く笹ゆりは古くは、さいぐさと呼ばれ、この花が供えられる。

(Wikipediaより)


(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)

本瓦に白壁土蔵
ありゃ~

※南袋町バス停

漆喰職人さんが居ないのか?
高いか?

※母屋と中庭、奥の間の形がよく分かる。
カットサンプルのような~

明治期の地図にも
街の形は変わっていません。

※半分屋根。。

書割のようなウドン屋サン

※タバコ屋サン

売りさばき所

暗渠化された
率川
川の神様何思う?

※長幸橋
親柱

此処は?

※フランス料理屋サン?

懐かしいなぁ~
こんな格子が家にも有りました。。

※牛乳箱

ん?ペンギンモニュメント~

街のさかなやサン

※突き当りは常徳寺さん

多宝塔も~

※正面から~


率川神社さんの築地

※境内の歌碑

境内末社

※ユズリハ

摂社 率川阿波神社

※手水鉢
阿波神社銘

3舎寄り添って~



千木と鰹木
檜皮葺屋根

※手水舎

ササユリの注ぎ口

※カエル石ですと

拝殿舎



 大神神社遥拝所

※率川に掛かった橋の親柱

暗渠と化した率川
脇の地蔵様達

※蔵脇の暗渠

大きな蔵ですね~
墨で有名な古梅園サン

※道端の祠
中身は多宝塔のような…

立派な蔵です。

※四つ目蔵

見返って~

※中街道沿い~

ウットリします。
私も使ったことが有りますよ!
墨を摺るとエエ香りがします。

※扁額も~
黒壁に虫籠窓

雨は振り続いて~
日常の一齣

※辻の角が好きです。

自転車は此処へ!

※中街道風景~

帽子屋さんも~

※ベンガラ格子の
インド料理屋さん
視覚的に辛そう~!

暗渠化した路地

千本格子も好きです。

※見返って~

餅飯殿商店街に帰ってきました~



街の活気!

※何やろか?
でんがら
こしあん入りの団子を
朴の葉で巻きました。
美味しかった!

近鉄奈良駅前の
大仏様建立に尽力された
行基さん像
お疲れ様~って!

やはり、持ってるものはUPして
資料的に残さねば…
気を抜いたらあきません~
何時のが出てくるか判りまへんで!
袖すり合うも他生の縁~
いつまで知った景色があるのやら。。

頑張ってボチボチ更新中…^^;
古の人の息吹を感じながら~
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