古/いにしえの面影       其の一阡壱百六拾参

怪しい親爺輪っぱの会 別館 一人歩き編です。

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撮影日  2015年10月09日 金曜日
アップ日  2015年12月05日 金曜日
奈良県磯城郡田原本町唐古(唐古・鍵遺跡)
ワッカン~
資料として気になる街角
撮っておきや!(by UFO先生)
 
環濠集落(かんごうしゅうらく)とは、周囲に堀をめぐらせた集落(ムラ)のこと。
水稲農耕とともに大陸からもたらされた新しい集落の境界施設と考えられている。
水堀をめぐらせた場合に環濠と書き、空堀をめぐらせた場合に環壕と書いて区別することがある。
「環濠」と「環壕」のルーツはそれぞれ、長江中流域と南モンゴル(興隆窪文化)であると考えられており、
日本列島では、弥生時代と中世にかけて各地で作られた。
環濠集落には、防御と拠点という特色がみられる。
弥生時代後期では北部北九州では佐賀県吉野ヶ里遺跡や大阪府の安満遺跡や池上・曽根遺跡、
奈良県の唐古・鍵遺跡などの大規模環濠集落が挙げられる。
低地に作られ、通常は堀の外側に掘った土を盛った土塁がある(対照的に、中世の土塁は堀の内側にある)。
ムラの内部と外部を区別する環濠を形成する目的として、外敵や獣などから集落を守る防御機能を備えることが考えられている。
堀は二重・三重の多重環濠となることもあり、長大な環濠帯を形成しているものもある。
水稲農耕に必要な首長権力や、共同体の結束強化、内部と外部での階級差を反映しているとも考えられている。
また、水堀の場合には排水の機能をもたせることができる。

(Wikipediaより)


(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)

唐子集落の東北方向に唐子池が有ります。
此処も暗渠化されています。


 
向こうには神社の森らしきものも見えます。
今回は行けませんでしたが~

※条里制の名残が残されている地区です。

コスモス咲く向こうに
少し異様な楼閣

※駐車場からは
堤防を上って~

中国大陸からの影響を受けた
祭祀用の建物ではないかと思われるとか。
(看板より)


※奈良盆地には多くの灌漑用溜池が有り
別名:大和の皿池と呼ばれたとか~

昭和11年に国道24号敷設小路に伴い
末永雅雄博士らが発掘を行い
弥生時代の文化が総合的に認識された。

※サイクリングにもよさそうですね。

池は無かったんでしょうが~
どんな感じだったのでしょうか?

※地蔵様も木陰で…

土器に書かれた物をモチーフに再現されたとか。

やはり、持ってるものはUPして
資料的に残さねば…
気を抜いたらあきません~
何時のが出てくるか判りまへんで!
袖すり合うも他生の縁~
いつまで知った景色があるのやら。。

頑張ってボチボチ更新中…^^;
古の人の息吹を感じながら~
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