古/いにしえの面影       其の一阡壱百七拾壱

怪しい親爺輪っぱの会 別館 一人歩き編です。

(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)

撮影日  2015年10月16日 金曜日
アップ日  2015年12月14日 月曜日
奈良県五條市五條(櫻井)
ワッカン~
資料として気になる街角
撮っておきや!(by UFO先生)
 
五條市(ごじょうし)は、奈良県南西部で南和地域の中心都市。
過去の五條市(五條村、宇智郡)の記述についてはどちらの表記も出ている。
五條代官所がこの地にあった事などから明治の一時期「五條県」が置かれており、
当時の公文書等などからも『五條』とされていることが確認できる。
旧字体の簡素化が推奨される時代であった1957年の市制施行の際も、
初代市長である山本米三は表記を「五條市」として国及び県に申請している。
ところが官報の告示に「五条」と誤って記載されてしまったため、
市は即座に修正を行うよう国に要請し、次の官報では誤字であった旨が再告示されている。
一方、奈良県の広報には最初から「五條」と表記されている。
市制施行40周年を迎えた1997年、市民から表記の混在を少なくしようという運動が起こったため、
市は多くの公共機関に対して市名として用いる時の「五条」を「五條」と改めるよう要望を行った
結果、国(道路の案内標識)、奈良県、警察署、郵便局、主な新聞社、奈良交通などにおいて修正が行われた。
ただし現在でも、一部のコンピュータシステム等の問題(旧字体を使用できない、システム変更に費用がかかる)から
「五条」としか表記出来ないもの(例:銀行・郵便の貯金部門)や、固有名詞であるもの
(例:「五条」を冠した会社名、駅名である「五条駅」)など、僅かながらも「五条」の表記が残っている。
(Wikipediaより)


(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)

新しい道路から~
五條市内地の後ろには西吉野の峰が~

※エエなぁ~
本陣交差点名

 西川沿いに街も
伸びていたんですね。

※ランドマーク的なNTT電波塔も~
地方での中心的路地アイテム。
私は探します。

 小さなお寺も
国道沿いに~

※あの森は
多分神社でしょうね~

有名所、柿の葉すし田中さん

※熊野道と高野道との分岐点
本陣交差点にて
 
吉野川沿いの新町方面は
前に来ています~
 
墨入したら文字が浮かび上がりますね。
安政二年
下辻氏
入れましょうよ!

 ※今回、こっちには行きません。

伊勢や高野にも
人の行き来が多かった街道沿い。

※前には訪れなかった街中に~

虫籠窓にもサッシを入れたら
明るくなりますね。

※河崎 なつ(かわさき なつ、1889年6月25日 - 1966年11月16日)は、
奈良県五條市出身の政治家、女性解放運動家、評論家、教師。
「母親がかわれば社会がかわる」を唱えて第二次世界大戦後の日本社会党の議員を務め、
女性差別や働く母親の権利といった女性の問題と戦った。
また教師も務めており、
西村伊作、与謝野夫婦(与謝野鉄幹、与謝野晶子)らと共に文化学院を創立し、自らも国語の授業を行った。
(Wikipediaより)


乾十郎宅跡
幕末の天誅組を助けた方とか~

※千本格子が並んでいたんでしょうか?

国道から見た須恵方向~

※ありゃ~瓦が残念。。。

旧の街中とは
R24と河岸段丘で分かれています。

※徒歩移動ですんで
自転車が欲しい~
でも、しんどそう。。。

段の手前で見っけ!
丸窓が良いですね~

※そうそう~
昔はタバコ屋さんに花札・かるた
麻雀牌売ってましたね。
何でやろか?

お洒落な角窓の先にも
路地は有ります。

※もう一度~

ホンマですね~
あの電柱が無ければ…
無理しないでね。。。

※先には?という空間が…

反対側から~

※大きなケヤキの木に
役行者像~

櫻井の石碑

※河岸段丘下での
湧水~

この屋根の下に
石垣と泉が~

屋根の高さだけでは
地形は分かりませんね。

※新町の辺りにも
空き地は目に付きます。

この先は
吉野川に続きます。

※レンガ煙突も~

先は吉野川

※ユックリ来ましょう~

五新線の夢の跡

※何か使えませんかね?

先は新町

※R24沿い

軒の下に石燈籠

※自動車では一通が多そう~

やはり、持ってるものはUPして
資料的に残さねば…
気を抜いたらあきません~
何時のが出てくるか判りまへんで!
袖すり合うも他生の縁~
いつまで知った景色があるのやら。。

頑張ってボチボチ更新中…^^;
古の人の息吹を感じながら~
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