古/いにしえの面影       其の一阡壱百八拾六

怪しい親爺輪っぱの会 別館 一人歩き編です。

(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)

撮影日  2008年06月09日 月曜日
アップ日  2016年02月02日 火曜日
兵庫県神戸市須磨区(東、西須磨・須磨浦)

ワッカン~
資料として気になる街角
撮っておきや!(by UFO先生)
 
須磨寺(すまでら)は、兵庫県神戸市須磨区にある仏教寺院。真言宗須磨寺派大本山。
山号は上野山(じょうやさん)。本尊は聖観音である。宗教法人としての公称は福祥寺。
平安時代の初め、漁師が和田岬の沖で引き上げた聖観音像を886年(仁和2年)に
聞鏡上人が現在の地に移したのが始まりとされている。
平敦盛遺愛の「青葉の笛」や弁慶の鐘、敦盛首塚、義経腰掛の松など、多数の重宝や史跡が存在する。
源平を偲んで訪れる文人も多く、境内には正岡子規・松尾芭蕉句碑がある。
(Wikipediaより)


お仕事よ!お仕事~
(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)

月見山近く
標高差の有る景色

※普通車には辛い道

路地も~



昔からの集落近く



月見山 淨徳寺さん

※板塀も綺麗に~

山陽電鉄
月見山東踏切



月見山駅

※此処は自動車は無理!

駅裏、紫陽花路地

※踏切向こうに
阪神高速道路高架

防犯連絡所札
門柱がお洒落



路地風景~

※妙興寺さん
月見山額

妙興寺さん
山門

※県道21号
広い歩道

空き地も駐車場に~



月見山駅前

※綺麗に切り立った石垣

2階と1階
同じ高さ

※見通しの効かない道路

板塀が綺麗です。

※石垣で段差を作っています。

須磨寺さん
バックは高倉山



須磨寺脇を~

※右側は1930年代には
遊園地が有ったとか~

寿楼さん

※旅館・大宴会場
来たいなぁ~

須磨寺商店街



山陽電鉄
須磨寺駅

※防火用水
二次使用~

旧西須磨村
海岸段丘

※旧村の名残も~

山陽電鉄踏切

※ほら~

井戸にポンプ

※サクラ印

此の石積みは
海岸段丘

※関守稲荷神社サン
須磨関跡
天下の三関という「伊勢の鈴鹿の関」「美濃の不和の関」「越前の愛発の関」は、
都や皇居(畿内)を守る為に特に重視された関がありました。

実は須磨の関は「摂津の関」と呼ばれ、この天下の三関に次いで畿内と
西国とを繋ぐ交通と軍事の要衝として重要な関でした。
それも天下三関が廃止された789年前後に須磨の関も廃止されてしまいました。
(須磨浦商店街HPより)


洋館風~
別荘の名残?

※壁も
お洒落~

山際
集合住宅

※砂路地

千守町

※坂道シンドそう~

懐かしい風景~



裏から~

※石材も…

黙禅地蔵さん

※高倉山

元別荘?
四角煙突跡??
鎧戸にペンキ塗り

※坂道に潮風が~
須磨浦の海

砂路地には紫陽花が似合う。

※段差が目に付きます。

海岸端の路地に見えます。



土蔵も~



JRの踏切渡って
須磨浦の海岸沿いへ~

※向こうは鉢伏山
(須磨浦公園)

この先2号線に出れます。
優しいなぁ~
と、地蔵様

※JR須磨駅

村上帝社
この神社の創建について、次のような伝承がある。平安時代末期、
琵琶の名人であった藤原師長は唐に渡って琵琶の奥義を極めたいと思い、
都を出て、須磨まで来た。
その夜、村上天皇と梨壺女御の霊が現れ琵琶の奥義を伝えたので、
師長は入唐を思いとどまり、名器「獅子丸」を埋めて都に帰った。
この伝承を題材として能の「絃上」(玄象)が作られた。
この伝承に基づき、土地の人が村上天皇を祀ったのが当社であると伝えられる。
師長が琵琶を埋めたという琵琶塚は前方後円墳で、
現在は一部面影をのこすものの山陽電鉄本線の線路によって二分されている。
(Wikipediaより)

※本殿舎

山陽電鉄高架



やはり、持ってるものはUPして
資料的に残さねば…
気を抜いたらあきません~
何時のが出てくるか判りまへんで!
袖すり合うも他生の縁~
いつまで知った景色があるのやら。。

頑張ってボチボチ更新中…^^;
古の人の息吹を感じながら~
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