古/いにしえの面影       其の一阡壱百八拾五

怪しい親爺輪っぱの会 別館 一人歩き編です。

(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)

撮影日  2008年06月07日 水曜日
アップ日  2016年02月02日 火曜日
兵庫県神戸市須磨区(行幸町・月見山)

ワッカン~
資料として気になる街角
撮っておきや!(by UFO先生)
 
須磨離宮公園(すまりきゅうこうえん)
面積58ヘクタール、月見山とよばれる景観地に位置しており、
1907年(明治40年)に大谷光瑞別邸を宮内省が買収して1908年(明治41年)に起工し
1914年(大正3年)に完成した旧武庫離宮(須磨離宮)である。
庭園は福羽逸人が設計を行った。当時建設された離宮御殿など建造物群の大半は
1945年(昭和20年)に戦災で消失した。
庭園は可能な限り竣工時の状態に復元整備され今上天皇(当時皇太子)御成婚記念として、
1967年(昭和42年)に須磨離宮公園として神戸市に下賜された。
植物園(面積24ヘクタール)は戦前の神戸経済を支えた岡崎財閥の旧岡崎邸の敷地と
建物を1973年に神戸市が買収したものである。
旧岡崎邸の洋館は阪神大震災により倒壊した。
本園と植物園は専用の歩道橋で接続する。
2006年12月、隣接する神戸女子大学とCP(キャンパス・パーク)提携を組み、
様々なイベントを行っている。
(Wikipediaより)


お仕事よ!お仕事~
(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)

須磨の浦沖を往くフェリーボート
ジャンボフェリー株式会社は、神戸市中央区に本社を置く海運会社。
兵庫県神戸市の神戸港・新港第3突堤と香川県高松市の高松東港を1日4往復、
約4時間で結ぶフェリー航路を運航している。
(Wikipediaより)

※妙法寺川河口~


神戸空港に着陸態勢のエアバス

※山陽電鉄 須磨駅
初めて中1の時に
友人たちだけで魚釣りに来ました。
ガッチョばかり釣れましたが~

厄除八幡神社参道碑
多井畑八幡神社
海沿いの此処から須磨離宮脇通って
多井畑峠越えて行ったのですね。

※開発の大波が~
潮の香はしないですね。

登録有形文化財

※モルタルには波模様も~

こんな感じ~

※砂路地が多いのです。

この年(2008年3月)に新設開業した
JR須磨海浜公園駅歓迎幟
須磨智慧の道
綱敷天満宮から須磨寺前商店街を通り、須磨寺までを結ぶ道です。
天神さんは、学問の神様の菅原道真、
須磨寺は“いろは”を考案した弘法大師という「智慧」を持つ方を
おまつりする社寺を結ぶことから名づけられました。
毎年8月9日には「智慧の盆歌」を踊りながらこの道をねり歩く
「智慧の盆踊り」が行われています。(須磨観光協会HPより)


※紫陽花が似合う
砂路地

万国旗が歓迎の印
松風・村雨・磯馴・衣掛・若宮
なんだか雅な感じの町名が~

※若宮町の
若宮神社サン
横目に~

R2号に架かる
レトロな天神橋

※JR越えていきます。

砂路地

※山陽電車踏切

自動車通行は無理!

※此処から山際まで移動して~
石積塀

月見山町

※レンガ塀も

土蔵も~

※山陽電鉄踏切

土蔵の向こうに踏切

※背は低いですが
松並木

向こうに月見山駅
山陽電鉄

鉄拐山234m

鉄拐山隧道

※須磨離宮公園
近くの地蔵様

お洒落な土塀

※昔からの
保養地の感じが~

狭い道も~



砂路地も~

大きな石垣石

※段差も~

懐かしい風景

※ん?
お洒落な…

タイル壁

此の段差も
エエですね~

※玄関も
お洒落!

少し似てますが~
前に浜寺で…
時代の差ですかね
昭和期と明治期の差?
(住友別邸も近くに~)



神輿の~

※井戸

離宮前町

※お洒落ですね~
明り採りと土蔵

殆ど建て替わっていますがね~

砂路地

1922年には道路が
出来てました。



松風・村雨堂
地元である須磨で語られる伝説によれば、姉妹は多井畑の村長の娘たちで、
本来の名は「もしほ」と「こふじ」であった。
須磨に汐汲みに出たところ、天皇の勘気を蒙り須磨に流されていた在原行平と出会い、
「松風」「村雨」と名づけられて愛された。
のちに行平は赦されて都に帰る際、松の木に形見の烏帽子と狩衣を掛けて残した。
また『古今和歌集』にある
「立ち別れ いなばの山の 峰に生ふる まつとし聞かば いま帰り来む」(巻第八・離別 在原行平)の
歌も、この離別の際に詠んだものとされる。
松風・村雨姉妹は尼となって行平の旧居に庵を結び、彼を偲んだという。
須磨に配流された行平が海女と歌を交わす短い説話は『撰集抄』(13世紀中葉成立)に現れるが、
海女の名は記されておらず、姉妹でもない。
行平が心通わせる相手を、無名の海女に代えて松風・村雨とした謡曲『松風』(室町時代成立)は、
『撰集抄』に加え、平安時代に成立して散逸した物語『あま人』や、
『源氏物語』の影響を受けて成立したと考えられる。
謡曲『松風』以後、松風・村雨の悲恋の物語は広く知られることとなり、
浄瑠璃や歌舞伎、近代には映画などにも取り入れられた。
須磨には衣掛松や松風村雨堂など、彼女たちの伝承に基づく遺跡がいくつかあり、
須磨区内には村雨町・松風町・行平町・衣掛町と名付けられた地名もある。
(Wikipediaより)

※行幸道だったんでしょうか?


マツダポーター
(1968~1976)
懐かしいなぁ~

※高倉山(扇キ山)

やはり、持ってるものはUPして
資料的に残さねば…
気を抜いたらあきません~
何時のが出てくるか判りまへんで!
袖すり合うも他生の縁~
いつまで知った景色があるのやら。。

頑張ってボチボチ更新中…^^;
古の人の息吹を感じながら~
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